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大津地方裁判所 昭和50年(行ウ)1号 判決

原告 吉川忠司

原告 藤田弘赳

右両名訴訟代理人弁護士 吉原稔

同 岡豪敏

同 高見沢昭治

被告 北川俊一

被告 株式会社中西土建

右代表者代表取締役 中西敏雄

右両名訴訟代理人弁護士 野玉三郎

主文

一  原告らの被告らに対する各請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの連帯負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告ら

1  被告らは、各自、訴外湖南開発事業団に対し、一六五〇万円及びこれに対する昭和五二年七月一一日付原告準備書面送達の翌日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

以上の判決及び仮執行宣言

二  被告ら

主文一項同旨及び訴訟費用原告ら負担の判決

第二当事者の主張

一  原告らの請求原因

1  原告らは、いずれも訴外守山市の住民である。

2  訴外湖南開発事業団(以下「事業団」という。)は、地方自治法二九八条により設立された地方開発事業団であって、守山市、野洲町、中主町の一市二町が設置団体となり、守山市吉身町四七六番地、守山市役所内に事務局をおいている。被告北川俊一(以下「被告北川」という。)は、昭和五〇年二月一九日まで、守山市長であると同時に右事業団の理事長の地位にあった。

3  原告らは、事業団監事に対し、昭和五〇年三月二二日、地方自治法三一四条によって準用される同法二四二条に基づき、次のような住民監査請求をした。

右請求の要旨は、事業団が守山市古高町に古高工業団地を造成したが、右造成工事は第一工区と第二工区とから成り、第一工区の造成工事については、被告株式会社中西土建(以下「被告会社」という。)が、昭和四八年一二月一五日、工事代金一億六五〇〇万円で請負い、昭和四九年七月二九日完成し、事業団に引渡し、昭和四九年中にその後改定された工事代金一億七七四四万七〇〇〇円の支払を受けた。その後、原告らは被告会社の同業者の通報を受けて調査した結果、請負契約での埋立てに必要とされた見積り土量は、山土、山砂を合せて六万六八六六立方メートルとされていたのに、実際に埋立てに使用された土量は五万三一四四立方メートルに過ぎず、しかも埋立てに使用する土は山土と指定されていたのに、一部が山土でなく建築廃土が使用されていることが判明した。従って、作為的に被告会社が不当に利得をしている疑いがあるので監査のうえしかるべき措置を要求するというものであった。

そこで守山市当局においても事業団監事と並んで調査を行ない、その結果、見積り土量と必要土量との間に差のあることを認めた。その原因として、工事区域に含まれていない土地を含まれているとして計算した係員のミスがあったため見積り土量が増えたもので、その誤差は、七三六二立方メートルであると釈明した。

また、事業団監事は、同様に差のあることを認め、誤差としては一万三二八三立方メートルとし、原因は土量の計算上のミス等にあったとし、事業団に対し、昭和五〇年五月一五日是正措置をとるよう勧告した。

もっとも、右の勧告には地方自治法二四二条三項にいう期間が示されていなかったので、原告らの指摘により、昭和五〇年七月七日付書面をもって、事業団が七〇〇万円の返還を被告会社から受けることとなったという通知を原告らに対しなしたものである。

原告らは、右監査の結果及び事業団の措置についてはなお不服であるので本件訴訟に及んだ。

4  事業団は、滋賀県知事に対し、前記第一工区の造成工事(以下「本件工事」という。)について都市計画法に基づく開発許可申請をなし、昭和四八年九月三日同許可を受けたものであるが、その申請の際に提出した設計図では、造成地は南北方向には水平、東西方向には傾斜するものとされていた。ところが、途中で設計変更がなされ、造成地は東西、南北両方向ともに傾斜することになったので、水平と傾斜との差の部分だけ造成に必要とする土量が減少することとなった。本件工事の見積り土量六万六八六六立方メートルは一方向水平の設計による見積りであり、この土量を基礎として一億六五〇〇万円の工事代金が算出されていたのであるが、実施された工事は、右のとおり、途中から二方向とも傾斜することに変更された(県知事に対する工事変更届は提出されていない)のであるから、必要土量は減少し、工事代金も当然それに伴って改定されなければならないのに、当初の水平の土量計算による工事代金である一億六五〇〇万円が維持され、その後さらに増額改定された一億七七四四万七〇〇〇円が被告会社に支払われた。

また仮に二方向傾斜に設計変更した後の見積り土量が六万六八六六立方メートルであったとしても、実際には五万三一四四立方メートルしか必要としなかったのであるから、その差一万三七二二立方メートル(原告らが調査を依頼した訴外金城測量株式会社の計算によると一万四二九五立方メートル)分の工事代金は減額修正されなければならない。その金額は低く見積っても一六五〇万円と考えられる。その算定根拠は次のとおりである。

イ 搬入土砂の単価は入札時の見積りによれば一立方メートル当り九五六円である。これに運搬ひき直しの代金として一九・九六パーセントの加算が見込まれているので右単価は一一四七円となる。さらにオイルショックを原因とする二五パーセントの値上がり分を加算すると一立方メートル当り一四三三円となる。この単価に右金城測量設計の計算による一万四二九五立方メートルの過大積算量を乗ずると二〇四八万円となる。

ロ 別の面から計算すると、中西敏雄が監事の調査で答えている単価では一立方メートル当り一一〇〇円で、これに必要経費が一四・五パーセント加算されるから右単価は一立方メートル当り一二五九円となる。これに対しオイルショックによる二五パーセントの増額補正をすれば単価は一五七三円となる。これに右一万四二九五立方メートルを乗ずると二二五〇万円となる。

このうち低い方の金額をとっても一六五〇万円を超えること明らかである。

5  (被告北川の責任)

当時の守山市長であり、事業団理事長であった被告北川は、被告会社の代表取締役中西敏雄から、本件工事に関し、金三〇万円の賄賂を収受したとして逮捕、起訴された。右賄賂は、被告北川が被告会社に多額の利益を得させたことに対する謝礼としての意味を有していたものであるが、このことは、被告北川が、被告会社の代表者と共謀のうえ、過大な見積りによる本件工事請負契約を締結し、これを履行したことを示すものである。従って、被告北川は、右故意により事業団に本来支払う必要のない工事代金一六五〇万円を支払わせ、これと同額の損害を事業団に与えたものであるから、被告会社と連帯して、右損害を賠償すべき責任がある。

仮に右故意が認められないとしても、被告北川は事業団の職員に対する監督責任を怠り、被告会社と右不当な請負契約を締結し、これを履行した事業団に右の損害を与えたものであるから、これを賠償すべき責任がある。

6  (被告会社の責任)

被告会社の代表取締役中西敏雄は、前項記載のとおり、被告会社の代表者としての職務を行うにつき、被告北川と共謀のうえ、事業団に一六五〇万円の損害を蒙らせたものであるから、被告会社は、被告北川と連帯して、これを賠償すべき責任がある。

仮に右故意が認められなかったとしても、前記のとおり、見積り土量六万六八六六立方メートルのところ、実際には五万三一四四立方メートルしか必要としなかったのであるから、被告会社は、事業団から支払う必要のない工事代金一六五〇万円の支払を受け、事業団に対し、これと同額の損失を与えたものであるところ、右は法律上の原因なくして利益を得ているものであるから、これを事業団に返還すべき義務がある。

二  請求原因に対する答弁

1  請求原因1、2の事実は認める。

2  同3の事実のうち、原告らが本件工事に関して昭和五〇年三月二二日事業団監事に対し監査請求をしたこと、事業団監事と並んで守山市当局においても調査を行なったこと、昭和五〇年五月一五日右監事が事業団に対し勧告したこと、右監事は、昭和五〇年七月七日付書面をもって請求人である原告らに対し、事業団において勧告に対し講じた措置を通知したことは認めるが、その余の事実は否認する。

3  同4の事実のうち、事業団が本件工事について滋賀県知事に対し開発許可申請をなし、昭和四八年九月三日同許可を受けたこと、その際提出した造成地の設計図では東西方向にのみ傾斜がつけられ、南北方向は水平であったこと、その後の設計では南北方向にも傾斜がつけられたこと、事業団と被告会社が本件工事につき請負契約を締結し、当初の工事代金が一億六五〇〇万円であったが、その後一二四四万七〇〇〇円増額して請負工事金額は一億七七四四万七〇〇〇円となり、これが同社に支払われたこと、事業団が監事の勧告後被告会社から七〇〇万円の返還を受けたことは認めるが、その余の事実は否認する。

4  同5、6の事実は否認する。

5(一)  本件工事の実施設計については、事業団管理課において設計方針、土量算出方法を協議して基準面上土量計算方式が最良であると確認して設計に入り、昭和四八年一一月実施設計書を完成した。右実施設計にあたっては当初県知事に対し開発許可申請の際提示した図面とは異なり、最初から二方向に傾斜をつけて土量計算をしたもので、右設計書における第一工区の搬入土量は山土砂六万六八六六立方メートルであった。設計書が完成したので、事業団は昭和四八年一一月二〇日契約審査会を開いて指名競争入札参加人の資格及び契約内容の審査を行ない、指名業者として被告会社ほか九社(市内五社、市外五社)を決定、同年一二月一〇日指名業者に対し設計書、仕様書を手交して設計内容を説明し、さらに現地において工事概要の現場説明をして、同月一五日競争入札を執行した。その結果第一工区は被告会社が落札し、事業団は同社と本件工事の請負契約を締結したもので、右のとおり工事発注前の設計変更はなかったものである。事業団と被告会社の当初の請負金額は一億六五〇〇万円であったが、その後いわゆる石油ショックによる経済情勢の急激な変動という特別事情とさらに工事内容の一部変更により昭和四九年七月二六日一二四四万七〇〇〇円を増額して、請負金額は一億七七四四万七〇〇〇円となった。その際の設計変更により搬入土量は山土砂六万四九四三立方メートル、山砂(真砂)一四八四立方メートルに変更された。被告会社は工事請負契約における仕様書で指示された高さまでの数量の土砂を確実に搬入しているのであって、このことは、事業団監事の監査において、八か月経過後の現地調査の結果、八センチメートルの余盛があった事実と、関係人の調査から契約どおりの量の土砂が搬入されていると認められた事実からも明らかである。

そして、被告会社は昭和四九年七月二九日全工事を完了し、翌月二日には工事竣工検査を受けて合格し、同月八日最終精算払を受けて請負契約どおり一億七七四四万七〇〇〇円の支払を受けた。

(二) ところで、その後原告らの監査請求に基づき、事業団監事が調査したところ、

イ 土砂量の搬入については請負契約どおりの高さまで土量が搬入されているが、指定の山土砂に対して相当量の指定外の廃土が搬入されている事実

ロ 第一工区基準地盤上計画土量の計算のうち、V2部分において、H―二・五メートル、L―一三〇メートル、W―五〇メートルとして、これの総乗値一万六二五〇立方メートルを算出しているが、該土地部分は右の計算式で表わされるような長方形ではなく、北側に行くに従って幅が広くなるほぼ台形で、しかも該地の一部に南北に通じる構造物計算に含まれる道路があるのに、これを前記のごとき長方形状として計算し、しかもその幅を五〇メートルとした計算上の誤りがあるほか、原図四枚の複写接合によって原設計図書を作成したための図面の延び等により、四九三六・〇六平方メートルの面積誤差が生じている事実

を認定し、右計算ミスは担当者の過失によるものと判断した。

そこで、昭和五〇年五月一五日事業団監事は事業団理事長に対して要旨次のとおりの勧告を行なった。

(1) 土砂の搬入量については契約数量が搬入されているが、搬入量の中には指定外の廃土が搬入されているにもかかわらず、現場での管理監督を怠り、請負代金が支払れたことについて適正な措置を講ずること。

(2) 面積の計算ミスについては、専門的技術者でない未熟な職員が業務の全責任を負わされたこと、事務の省力及びマンネリ化から生じた怠慢及び管理監督が不充分であったことが原因であるから、工事の種別により技術職員の資質の向上、または専門技術者の配置がなされるまでの間については、今後専門的技術業者に委託することが望ましく、市民の疑惑をはらすためにも適正な措置を講じられるよう特に要望する。

事業団としては、右勧告に従い、被告会社に対し、搬入土量の数量に計算誤りがあり、かつ搬入土量の中に指定外土砂の搬入があった旨の異議の申出をなし、契約条項第一四項に基づき双方が誠意をもって協議した結果、昭和五〇年六月三〇日被告会社は事業団に対し七〇〇万円を返還することで合意し、被告会社は右約定どおり昭和五一年三月三〇日までに全額返還した。

(三) 被告北川の責任について

地方自治法三一四条により地方開発事業団の財務について準用される同法二四二条の二の一項四号に定める代位請求は、地方開発事業団がその理事長、理事若しくは監事若しくは職員の違法な行為または怠る事実によって損害を蒙ったときに、これらの者に対して有する損害賠償請求権などの実体法上の損害補填請求権をその設置団体の住民が当該地方開発事業団に代位してこれを行使することを認めたものである。従って、その要件としては、単に理事長等の違法な行為等によって地方開発事業団に損害が生じたことのみでは足りず、その理事長等が地方開発事業団に対して損害賠償義務などの実体法上の損害補填の義務がある場合であることを要する。

しかして、地方開発事業団とその理事長との関係は、理事長の地位職務内容に照らして、本質的には委任関係であるが、被告北川が事業団に対して損害賠償責任を負うための要件である本件請負契約に関しての違法性については、その関係が公法関係であり、同法二四三条の二の規定、あるいは国家賠償法一条二項の精神から考えて、故意または著しく注意義務を欠いたいわゆる重大な過失があるときに限って、損害賠償義務を負うものである。

被告北川は、当時守山市長として市政全般を統轄するほか、事業団理事長を兼ねていたものであるが、このような理事長としては本件工業団地造成事業の企画、実施計画の策定、入札、請負契約の締結等その重要な事務について関与するが、実施設計段階における測量や搬入土量計算等の技術的な実務は担当の職員に総てを委ねているものであって、とうてい市長であり理事長である被告北川がこのような土量計算に至るまで仔細に検討できるものではない。従って、右計算を担当した管理課職員が単純な計算ミスをしていたとはいえ、直接の上司もこれを看過して工事実施設計書が完成し、この実施設計書に基づいて適法に指名競争入札が実施され、その落札者である被告会社と本件請負契約が締結されたものであり、さらに工事段階において搬入土に指定外の廃土が搬入されていることについても、このような工事現場の直接監督に従事しない以上、担当技術職員の廃土搬入の看過についてまで、理事長である被告北川が職員の監督不行届という行政的、政治的責任を負うは格別、ただちに実体法上の損害賠償責任を負担すべき過失があるというを得ない。仮に過失があるとしても、市政並びに事業団を統轄する被告北川としては、このような担当技術職員の事務の細部にまで注意義務を尽すことは至難であり、その過失は極めて軽微であり、重大な過失はなかったので、被告北川に損害賠償責任はない。

(四) 被告会社の責任について

被告会社は、すでに述べたとおり、本件請負契約に従い、その設計書において指示された高さまでの土量を搬入しているのであって、たとい、事業団の職員の計算ミスにより必要土量を実際よりも多く見積られていたとしても、注文者の指図である工事実施設計書に基づいて入札し、本件請負契約が締結されたものである以上、被告会社には何らの返還義務もない。

三  被告らの抗弁

仮に、事業団が被告らに対し、原告ら主張の損害賠償請求権ないし不当利得返還請求権を有していたとしても、事業団(新理事長高田信昭)と被告会社の間において、昭和五〇年六月三〇日、右の各請求権発生の基礎となった本件工事における土量の過大設計を原因とする搬入土量の数量不足の問題を他の問題(指定外土砂の流用)と併せて解決するものとして、被告会社から事業団に対し七〇〇万円を同年七月三〇日から同五一年三月三〇日までの間に前後四回にわたり分割して支払う旨の合意が成立し、被告会社においてすでにこれを履行した。従って、もはや原告ら主張の本件工事の搬入土量不足を原因とする事業団の被告会社に対する損害賠償請求権及び不当利得返還請求権は消滅し、被告会社に対する本訴請求は失当であり、また被告北川の関係でも事業団の損害が右の限度で回復されたことになる。

四  抗弁に対する答弁

1  事業団と被告会社との間に本件請負契約に関し七〇〇万円を返還する旨の合意ができ、同社がこれを履行したことは認めるが、その余の点は否認する。本件工事には、本来山土を使用すべきところ、一部につき四五七〇立方メートルの建築廃土を使用しているという契約違反があり、それによる減額修正分に対し、右七〇〇万円は、充てられるべきものである。

2  仮に被告ら主張どおりの和解が成立したとしても、右和解の給付による一部弁済という効果以外には原告である住民の権利に影響を及ぼすものではないといわなければならない。何故ならば、違法行為があっても、直ちに地方公共団体との間で和解の形式をととのえた解決がなされてしまえば、いかにそれによる損害の回復が些細なものであっても、地方公共団体の請求権を喪失せしめてしまうことになり、住民の代位訴訟を不可能ならしめることになり、地方自治法二四二条の二の一項四号の訴訟を認めた趣旨を没却せしめることになるからである。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1、2の事実、同3の事実のうち、原告らが本件工事に関して昭和五〇年三月二二日事業団監事に対し監査請求をなしたこと、これを受けて同監事が同年五月一五日事業団に対し勧告したこと、同監事から請求人である原告らに対し、同年七月七日付書面をもって、事業団が勧告に対し講じた措置を通知したこと、同4の事実のうち、事業団が滋賀県知事に対し本件工事について開発許可申請をなし、昭和四八年九月三日同許可を受けたこと、その際提出した造成地の設計図では、東西方向にのみ傾斜がつけられ、南北方向は水平であったが、その後の設計図では南北方向にも傾斜がつけられたこと、事業団と被告会社が本件工事につき請負契約を締結し、当初の工事代金は一億六五〇〇万円であったが、その後昭和四九年七月二六日に増額改定され一億七七四四万七〇〇〇円となり、これが同社に支払れたこと、以上の各事実については当事者間に争いがない。

二  本件工事の請負契約において、原告らが主張する事業団における土量の過大計算の点については、《証拠省略》を総合すると次の事実を認めることができる。

本件工事の実施設計については、事業団管理課において、課長田中健一以下、係長小浜善隆、主事補奥村喜三郎らが協議して作成したものであるが、当初県知事に対し開発許可申請をなした際には、前示のとおり、一方向水平、一方向傾斜の設計であったが、実施設計の段階に至って経済性等を考慮して、二方向共傾斜をつけて搬入土量の減少をはかることにし、その搬入山土砂を六万六八六六立方メートルと算定した。そして、事業団は、その算定土量等を記載した実施設計書、仕様書を入札指名業者である被告会社ほか九名に交付し、さらに現地においても工事概要の説明をして、昭和四八年一二月五日、右一〇社の間で入札が執行された。その結果、被告会社が落札したので、事業団は、同社との間で、工事代金一億六五〇〇万円で本件工事の請負契約を締結した。その後いわゆる石油ショックによる経済情勢の急激な変動という特別事情と工事内容についての一部設計変更により、昭和四九年七月二六日、当事者間で、工事代金を一二四四万七〇〇〇円増額して、請負金額を一億七七四四万七〇〇〇円と改定し、搬入土量も山土砂六万四九四三立方メートル、山砂(真砂)一四八四立方メートルに変更された。ところが、本件工事完成後、守山市の市会議員であった原告吉川から、市議会において、本件工事の算定土量につき疑問がある旨の質問がなされ、さらには原告らから前示監査請求もなされるに及んで、守山市及び事業団監事において調査したところ、埋立については、実施設計で指示された高さ以上に土砂が搬入され、調査時点でなお平均約八センチメートルの余盛があると認められたが、その搬入土量の算定については、過大に算定している誤りがあることが判明し、その誤差は、守山市の調査によると七三六二立方メートル、事業団監事の調査によると一万三二八三立方メートルであるとされた。そして、右誤りは実施設計を担当した事業団管理課の職員の次のような算定方法から生じたものである。即ち、担当職員は、本件工事の土量を算定するにあたり、標高九二・〇〇メートルの地点に基準面を設定し、まず右基準面から計画面までの土量を算定し、この土量から基準面から上に現に存する土量を差引いて搬入土量を算定するいわゆる基準面上土量計算方式を採用して行なったものであるが、基準面から上に存する現在の土量を計算するにあたっては、まず、第一工区を一三四ブロックに細分し、各ブロック毎の面積を算定し、これに基準面から現にある土の表面までの高さを乗じてこれを算定しているにもかかわらず、基準面から計画面までの土量を算定するにあたっては、すでに算定されている右各ブロックの面積を利用することなく、あらためて、第一工区を、V1、V2、V3の三つに大きく分けて各部分の面積を算定し、これに基準面から計画面までの高さを乗ずるという極めて大まかな算定の仕方でその土量を計算し、さらにV2部分において、高さを二・五メートル、長さを一三〇メートル、幅を五〇メートルとしてこれの総乗値一万六二五〇立方メートルをもって右の部分の基準面から計画面までの土量としたが、該部分は、右の計算式が前提とするような長方形ではなく、北側に行くに従って幅が広くなるどちらかといえば台形に近い形で、しかも該地の一部に南北に通じる構造物計算に含まれる道路があったのであるから、右のように長方形としては算定できないものであったこと、しかも、その幅も五〇メートルとした点に誤りがあるものであり、その高さも根拠のない平均値をとったこと、他の管理課の職員においてもこの誤りをそのまま見過ごし、V2部分の土量を右一万六二五〇立方メートルを前提にして、土量及び見積費用を積算する作業を続行したこと、原図四枚の複写接合によって原設計図書を作成しているが、その作図及び接合に面積誤差が生じていたこと等が、搬入土量を過大に算定する原因であった。そして、事業団において、右誤って過大に算定した搬入土量六万六八六六立方メートルを前提にして一立方メートル当りの単価九五六円を乗じて、その工事費を六三九二万三八九六円と見積り、これに他の費目である見積り工事費をも積算して全体の工事費を一億七一一二万円と内々に見積って、前示のとおり、入札を執行したところ、被告会社が一億六五〇〇万円にて請負の申出をしたので、これを落札者として請負人を決定したものである。

以上の事実を認めることができる。原告らは、本件工事の請負契約で予定された六万六八六六立方メートルの搬入見積り土量が一方向水平、一方向傾斜の実施設計による工事内容を前提とするものであった旨主張し、原告吉川忠司の本人尋問の結果中には、右主張事実に副う推測をなしている供述部分があるが、前掲各証拠により右見積土量六万六八六六立方メートルの数値が二方向傾斜の実施設計に基づき積算され、これを基礎にして内々の見積工事費が決定された事実が認められる以上、右原告本人尋問の結果だけでは右主張事実を認めることはできず、他に右主張事実を認定するに足りる確証はない。

三1  原告らは、被告北川と、被告会社の代表取締役中西敏雄と共謀のうえ、過大な見積りによる本件請負契約を締結した旨主張する。

被告北川俊一の本人尋問の結果によると、被告北川は、古高工業団地の造成工事に便宜をはかった謝礼として被告会社から賄賂を収受したとして当裁判所において有罪判決を受けたことが認められるが、前記認定の担当職員が土量算定の誤りを犯し、これを前提にして本件工事費が見積られるに至った過程で被省北川及び被告会社の代表取締役中西敏雄が介入ないし影響力を行使したことをうかがわせるような証拠はないうえに、被告会社代表者に対する尋問の結果によると、被告会社は事業団から本件工事を請負った後、右工事を第三者に下請けさせたものであるが、右下請契約の締結及び履行に当っては右工事の搬入土量を六万六八六六立方メートルとして、処理していることが認められるから、前判示の贈収賄の事実につき疑惑が存在することから直ちに被告北川及び被告会社の代表取締役中西敏雄に原告ら主張の故意があったものと認めることはできず、過失についてもこれを認めるに足りる証拠はない。そうすると、被告北川及び被告会社代表者の共同不法行為を理由とする原告らの請求は、その余の点について判断するまでもなく、これを認めることができない。

2  次に、原告らは、被告北川に職員に対する監督が充分でなかった過失がある旨主張するので、判断するに、なるほど、前記認定事実によれば、事業団職員が本件工事の土量を過大に算定したため、本件請負契約における報酬額の適正な決定を損わしめたこと及び土量算定の過誤が担当職員の経験及び基本的知識の不備に端を発しているものであることは認められるが、担当職員が土量算定の誤りを生じさせるに至った前示の経緯に照らすと、被告北川が事業団の理事長としてこの点において監督不充分であったとして行政上の監督責任を問われるのは格別、部下職員に対する右監督上の落度が事業団に対する損害賠償責任を生ぜしめる重大な過失になるものと評価するのは相当でない。

従って、被告北川に対するその職務懈怠を理由とする原告らの請求は、その余の点の判断に至るまでもなく、理由がない。

3  更に進んで、原告ら主張の被告会社にかかる不当利得の成否について判断する。

被告会社が、本件工事につき、工事代金一億六五〇〇万円で事業団と請負契約を締結し、その後、右代金が金一億七七四四万七〇〇〇円に増額改定され、全額事業団からその支払を受けたが、事業団が当初に見積り算定した搬入土量の見積りに少なからぬ誤算があったことは前記認定のとおりであるが、本件請負契約締結の際、右誤算にかかる搬入土量の数値が契約当事者に明示されていた事情は、《証拠省略》によって認められるものの、右請負契約における報酬額の決定が搬入土量の数値とどのように関連しているかについてこれを判定できる資料のない本件では当初の見積り土量と実際に搬入された土量との差額の代金に相当する額が直ちに被告会社の不当利得となるものとみることはできない。さらに、本件においては、前掲各証拠によると、事業団は、原告らの本訴提起前である昭和五〇年六月三〇日、被告会社との間で、右搬入土砂の算定が過大であった点と契約で指定された土砂以外の土砂を使用した点とを含め、これを解決するものとして同社から七〇〇万円の返還を受ける旨の合意を成立させ、同年七月三〇日と同年一〇月三〇日に各二〇〇万円、同年一二月三〇日と昭和五一年三月三〇日に各一五〇万円計七〇〇万円の返還を受けたことを認めることができるので、仮に右搬入土砂の過大算定等に基づき被告会社が事業団に対し不当利得返還請求権を取得したとしても、これは右合意(和解)により消滅したものといわなければならない。そうすると、被告会社に対する不当利得を理由とする原告らの請求も、理由がない。

四  よって、原告らの本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項但書を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 井上清 裁判官 大津卓也 小松平内)

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